「そんなたてまえではなく、本音で話しましょうよ」と、誰かに言われたことがあります。確かに自分は「たてまえ」で話していました。それはなぜかと考えると、相手との関係を悪くしたくないからという答えが浮かんできます。

本音とは
ところで、人生で最も本音を言うのは幼児期でしょう。「たてまえ」をいう幼児はまだ見たことがありません。幼児は、ままごとを通して様々なことを学習します。自分とは異なる役割を演じることで、社会性やコミュニケーション力も身に付けるのです。「たてまえ」とはままごとと似ていて、「まるで~であるかのように」行動することのように思われます。
さて、近代の西洋社会において伝統的封建制度から脱し、我々は自由な民主主義に生きているという物語を信じてきました。しかし現実には世代、経済、宗教、地政学的に大きな断裂が生じています。富は少数の支配層に偏在し、社会的流動性は低下しています。だれもが「○○ファースト!」と本音を言い合い、SNSでは誹謗中傷の嵐が吹き荒れています。
ひょっとすると人類は幼児化しているのでしょうか?
たてまえの効用
この断裂した社会においては、むしろ人間関係を良くしようとする日本の伝統芸「たてまえ」を上手に活用することはいかがでしょう。
日本は、今でも断裂が少ない国であるという評価がありますが、これまで「たてまえ」をその場の空気を悪くしないためによく使ってきました。島国であり、農耕民族でもある日本では、その場所その組織の関係性を大切にします。たとえ意見が違っても、「本音」によって相手を傷つけず、意見の衝突を極力避けようとすることは、限られたコミュニティーでの関係性を保つために培われた日本人の生活の知恵なのかもしれません。
ただし「たてまえ」には厄介なところもあります。これを使うためには空気を読む必要がありますが、日本人はそれが過ぎて、空気に支配される傾向があるといわれています。そうならないために、「和して同ぜず」という素晴らしい教えについて、次回考えてみたいと思います。
関連ブログ:備忘録 VOL.39「和して同ぜず」