トンボ飲料 116年の歴史
| 歴史とエピソード | 商品 | |
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| 1896 |
現存する日本最古の
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トンボラムネ
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| 1921 | 翠田炭酸飲料株式会社を創立富山市桜町に機械化した新工場・本社を建設し移転 | |
| 1930 |
「底玉式」ラムネ瓶の工夫当時のラムネ瓶は、飲用後に回収し再利用するリターナブル瓶。しかし回収後の洗浄の際、ビー玉をとどめておくくびれ部分がネックとなり、洗いにくいことが問題となっていました。そこで初代社長・辰次郎は新たな瓶を考案。窪みを底部分に移動させることで、洗浄効率を劇的にアップさせることに成功します。この瓶は衛生面が改善されると評判になり、瞬く間に全国のラムネメーカーに広まっていきました
また、底玉瓶はビー玉が底まで落ちるため、泡が吹きやすいという欠点がありましたが、辰次郎は木目の荒い杉材製「玉押し」を考案、木目を透かして炭酸を逃がすことでこれを解決しました |
ミスタ式 底玉ラムネ |
| 1940 | 戦時下の影響で砂糖が供給制となり、生産に打撃 | |
| 1943 | 諸原料の入手が困難となり、事実上の営業停止状態に | |
| 1945 | 富山大空襲により工場焼失 | |
| 1946 | ラムネの生産再開焼け野原になった富山市において、直ちに工場を再建 戦後復興の努力空襲で本社屋が焼失するも、2代目社長・翠田邦志はすぐさま焼け跡に工場と営業所を再建、バラック小屋からの再出発を図ります。そして、工場の一角でサッカリンを製造、それを甘味源としたラムネを販売開始。乾ききった焼け野原の街で、トンボラムネは人々の喉を潤し、日々の活力になったといいます。こうして、戦後短期間のうちに翠田炭酸飲料は蘇ったのです。 |
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| 1953 | ラムネの生産がピークを迎える当時主流だった、オート三輪での配達風景 ラムネの生産 |
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アイスクリームの
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アイスクリーム製造部門見ているだけで食べたくなる、ノベルティグッズの下敷き ![]()
(左)内部は魔法瓶の構造で、ドライアイスを使って保冷していた |
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| 1962 |
株式会社トンボ飲料創立、
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| 1965 |
シャンメリーの
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シャンメリー
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| 1972 |
「RCコーラ」販売開始米国ローヤルクラウンコーラとフランチャイズ契約(北陸エリア)を締結。あわせて炭酸飲料製造ラインを更新、ルートトラックの総入替などを行う 時代を彩った“RCシリーズ”
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RCコーラ
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| 1980 |
受託生産の開始協和発酵工業株式会社(現・協和発酵キリン株式会社)との間で、健康飲料加工契約を締結 受託生産事業の発展将来の健康飲料分野への参入を見越して、当時としてはまだ珍しかった品質管理室を設けていたことが認められ、大手メーカーと初の受託加工契約を結ぶことに。そのコラーゲン入りダイエット飲料が大ヒットしたことを受け、本格的な受託生産事業を開始しました。この後、多品種・小ロット生産が可能な設備・生産体制、製品の企画段階から提案できる開発力といった、ハード面とソフト面の充実により、他社には出来ない受託生産を推進していくことになります |
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| 1984 |
居酒屋サワー |
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| 1990 | 新本社屋、第2工場が完成 | |
| 1993 | ワンウェイ瓶ラムネの量産設備が完成 |
吉兆葉 |
| 1995 | ミニドリンクラインの設備改善。健康・美容飲料に参入 | |
| 1996 | 健康飲料開発室を設置(元・開発部)。受託生産において、企画レベルからの開発力を強化 |
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| 1998 |
第3工場完成。
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| 2000 | バランス株式会社を設立高齢者、介助が必要な方向けの栄養・水分補給用飲料や食品の開発、販売を開始
ソフトパウチとゼリー化技術パウチラインの新設には、当時取り組み始めた「ゼリー飲料」の充填という目的がありました。こぼれにくく、手を汚さないという容器特性はゼリーに最適。また、少しの力で絞るだけで誰でも吸って飲めるという点は介護食や流動食にも生かすことができます。こうして、研究を重ねたゼリー化技術は、飲み込むことが困難な高齢者の方向けの栄養補給ゼリー「やさしくおいしくシリーズ」(ブランド推進:バランス株式会社)の誕生につながりました。また、パウチゼリー飲料は、受託生産のラインナップにも加わり、他社にはない大きな強みとなっていったのです |
やさしくおいしく栄養補給ゼリー(パウチ・100g)水分・栄養補給ゼリー飲料として、エネルギー、ビタミン、水分、鉄分補給など
トンボパウチシリーズ
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| 2002 | 品質マネジメントシステムの国際規格ISO9001の認証を取得 | |
| 2004 |
製造ラインにミニボトル缶(100ml)ラインを新設ボトル缶容器の特徴 |
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| 2005 |
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| 2006 |
5S改善活動を開始
業務改善活動の一環として導入 5S活動の取り組み5S(ごえす)とは、職場環境の維持改善スローガンのことで、「整理」「整頓」「清掃」「清潔」「躾」の5つの総称。トンボ飲料では、部門ごとにリーダーを配置し、各項目の徹底、改善活動を行っています。これにより、業務の効率化、不適合の未然防止、職場の安全性向上など、さまざまな面で効果を発揮。さらに全社員が携わることで、各自の意識向上にもつながっています |
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| 2007 | 調合棟 完成
ハイレベルな調合設備各仕込室は充填ラインごとに個室化し、異種原料の混入を防止するとともに、クリーンルーム仕様(クラス10万)で徹底管理しています。また、設備もロードセル付き調合タンク、CIP装置を完備。タッチパネル方式で作業の効率化が図られています。清涼飲料に加え、果汁飲料、ゼリー飲料など、多様化する飲料製造に対応する最新鋭の設備です 高付加価値製品の開発ラムネ、シャンメリーなどの娯楽性飲料に加え、新たに高付加価値飲料の生産も開始。「大人向け」「上質にこだわった」製品は、自社ブランドに新たな流れをもたらしました |
ぶどう果実飲料「私の休日」(瓶495ml、240ml)ワイン専用ぶどう果汁を使用・無添加のこだわりの飲料。新ブランド展開として高付加価値飲料の製造販売を開始 |
| 2009 |
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| 2010 | 高付加価値商品の開発・販売業務を行う「私の休日カムパニー株式会社」を設立
新・第1工場 完成
ガラス瓶、ボトル缶ラインの全面刷新に加え、新たに3方フィルム包装ラインを追加 3方フィルム包装の特徴 生産効率の向上、
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忠之介シリーズ
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| 2011 |
ISO22000の認証を取得食品安全マネジメントシステムの国際規格ISO22000:2005の承認を取得 |
ラボンサイダー新発売(ワンウェイ瓶・240ml)昭和初期に販売していた当時の商品を現代版の味わいで復刻 |
| 2012 |
2号棟 完成
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富山ブラックサイダー新発売(ワンウェイ瓶・240ml)富山県のご当地ラーメン「富山ブラック」の“やみつき感”をイメージ。醤油・胡椒風味 |
ともに歩んだロゴマーク

1920〜1950年代「翠田炭酸飲料マーク(トンボが逆立ち)」
当社のシンボルのトンボがTMマーク(創業者・翠田辰次郎のイニシャル)に留まっています。このロゴマークは、ラムネはもちろんのこと、当時販売していたラボンサイダーやアイスクリームなどに広く使用されていました。

1950年代〜1988年「翠田炭酸飲料マーク(トンボが斜め留まり)」
トンボがよりリアルに、斜めに留まりました。
クリームソーダ・ドミルカやミルクコーヒーなどに使用され、銭湯や駄菓子屋さんで親しまれたロゴマークです。第一世代の「さかさトンボ」に対して「ななめトンボ」と言われています。

1999年〜現在「しずくマーク」
「ココロとカラダを潤す」。トンボグループのミッションは「ひとしずく」から始まります。しずくのマークはBeverage(飲料)の「B」をモチーフとしてデザイン。トンボ飲料のマークには“美味しさ”と“爽やかさ”を表す「ブルー」を、バランス株式会社のマークには“自然”と“安心”を表す「グリーン」を使用しました。































