130年前の1896年、市内随一の繁華街「総曲輪通り」が誕生し、27歳の創業者翠田辰次郎は、通りから東別院に向かう小路の角地に、当社の前身「翠生舎」を立ち上げました。通称「翠田のラムネ屋」と呼ばれた店先には、大きな地球儀にトンボが留まっているユニークなシンボルが掲げられ、行き交う人々の目をひいていたのです。
なぜ、トンボなのでしょうか?

秋津洲(あきつしま)とは
長野県松本市で創立150年の歴史を刻む松本深志高校は、同じ疑問を共有します。松本深志高校は、長野県下屈指の名門進学校で、公立でありながら校則や制服を設けず、生徒の自治を重んじることで知られています。卒業生には、政界では作家の田中康夫氏、経済界では東急電鉄創始者の五島慶太氏など、多くの著名人を輩出してきました。同校の校章はトンボがモチーフで、当社のトンボマークと通じます。学園祭は「とんぼ祭」と呼ばれ、校歌の歌詞には「秋津洲」という言葉が印象的に使われています。
「秋津洲」とは古事記や日本書紀以来、美しき自然に恵まれた日本の本州の古い呼び名で、「あきつ」とはトンボの古称です。
すなわち松本深志高校は、日本の本州を指す「秋津洲」の中央に位置し、蜻蛉男児として誇り高くありたいという意味をもって、トンボを同校の象徴としているのです。
辰次郎のロマン
なぜ、トンボなのか?という疑問に答える松本深志高校の歴史にふれて以来、私にはある想像が芽生えています。ロマンチストたる青年辰次郎は、美しき日本の象徴としてトンボをとらえ、地球儀にトンボを留めたのは、日本列島そのものを地球に着地させたのではないかと。そうであれば、創業者の遺志を受け継ぐ我々は、本州の中心に位置する「水のふるさと富山」から、誇り高く世界へ飛翔したいものです。